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国語が苦手でも、難関校受験専門塾に通ってよいのか

現古館について

広島国語屋本舗現古館 館長の小林です。

「難関校受験専門国語塾」という看板を見ると、国語が苦手な生徒は通えないのではないか、と感じる方がいるようです。結論から申し上げれば、現時点の得点だけを理由に、現古館の門戸が閉じることはありません。

01「難関校受験専門」は、入場資格ではない

「難関校受験専門国語塾」という看板を掲げていると、どうしても敷居が高く見えるようです。実際、「国語が苦手なのですが、通っても大丈夫でしょうか」というご相談をいただくことは少なくありません。

先に答えを申し上げれば、大丈夫です。

少々の裏話をしますと、「難関校受験専門」という言葉は、入塾時点ですでに難関校レベルの国語力を備えていることを求める資格表示ではありません。現古館が、どの水準の入試問題まで扱い、どのような指導を専門としているかを示す、業態上の標識です。

したがって、現時点で国語が得意であることは、入塾の条件ではありません。難関大学を志望し、すでに知的体力の養われている高校生と私の指導の相性がよく、短期間に得点が四十点から六十点ほど伸びる生徒も多いことは事実です。しかし、それは「できる生徒だけを教えている」ことを意味しません。

02「国語が苦手」は、一つの症状ではない

そもそも、文章を読み、内容を理解し、問いが要求していることを捉え、その要求に合う形式で解答を表現するという営みは、決して容易ではありません。

一口に「国語が苦手」と言っても、つまずいている場所は生徒ごとに異なります。

語彙・文法

語句の意味が分からない。文の構造を正確に取れない。古文・漢文の基礎知識が不足している。

テーマ・概念

文章が前提としている社会、思想、文化についての知識がなく、話の輪郭をつかめない。

解法

傍線部の理由、対比、言い換え、具体例など、設問が何を求めているのかを判断できない。

表現

考えた内容はあっても、必要な要素を選び、字数や文末条件に合わせて解答へまとめられない。

03現古館が引き受ける仕事

現古館に在籍する生徒、そしてこれまで在籍してきた生徒は、例外なく何らかの課題を抱えていました。塾とは本来、課題のない生徒を並べて眺める場所ではなく、目の前にある課題を解消するための場所です。

私の仕事は、生徒一人ひとりの現在位置を把握し、どこで読み違え、どこで考えが止まり、どこで解答が崩れているのかを特定することです。そのうえで、必要な方略を示し、演習・解説・口頭試問を重ねます。

たとえば、本文のどの語句を根拠にしたのかを指で示す。設問を自分の言葉で言い換える。人物の感情について立てた仮説を、前後の描写によって検証する。解答に必要な要素を分け、指定字数に合わせて組み直す。現古館で求めるのは、こうした具体的な作業です。

出発点の違いは、価値の違いではありません。ブレイクスルーに要する時間の違いです。どこから始めるかによって道のりは変わりますが、取り組むべき仕事そのものは変わりません。

現古館が問うのは、今どこまでできるかではない。自分の手と頭を使って、考える学びに参加できるかである。

04門戸は広い。しかし、楽な塾ではない

したがって、現古館の門戸は広く開いています。「国語が苦手だから」と気負う必要はありません。むしろ、何に困っているのかを一緒に確かめるところから指導は始まります。

ただし、誰にとっても快適な環境であるとは申しません。

現古館では、自分の頭で考えることから逃げることはできません。本文に線を引く。手を動かして解答を書く。なぜそう考えたのかを口で説明する。問いに答えるための言葉を、自分で絞り出す。黙って授業を聞き、分かった気分だけを持ち帰ることはできません。

この基本姿勢がまだ身についていない生徒にとって、苛烈な口頭試問を含む現古館の指導は、かなり過酷でしょう。反対に、今はうまくできなくても、考え、書き、説明し、間違いを修正する作業に参加できる生徒であれば、現在の成績は関係ありません。

05問うのは、現在の到達点ではない

現古館が見ているのは、「今、何点取れているか」だけではありません。

文章を読むために必要な知識を増やすこと。問いの要求を正確に捉えること。本文に基づいて考えること。考えた内容を、相手に伝わる形で表現すること。その一つひとつに、自分の手と頭を使って取り組めるかが重要です。

ただし、「自分で考える」という学びの基本からだけは、逃げられません。その一点をご承知のうえで、気負わずお声がけいただければ幸いです。