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『葬送のフリーレン』の銅像は何を残すのか――痕跡から失われた物語を復元する

全3回シリーズ・第2回

広島国語屋本舗現古館 館長の小林です。

『葬送のフリーレン』では、過去の冒険は一つのまとまった物語として語られません。現在の旅に残された銅像や土地の記憶、短い回想から、失われた物語が少しずつ姿を現します。

この記事について

第1回では、『葬送のフリーレン』が、存在しない「勇者ヒンメルの冒険」を読者の既有知識によって補わせる作品であることを考えました。第2回では、銅像や回想など、現在に残された痕跡から、フリーレンと読者がどのように過去を読み直しているのかを扱います。

01過去は、現在に残された痕跡から現れる

『葬送のフリーレン』において、勇者一行の過去の冒険は、時系列に沿ってまとめて語られません。

現在の旅で訪れた場所、引き受けた依頼、出会った人物、目にした品物などをきっかけに、かつての旅の一場面が断片的に呼び戻されます。

たとえば、フリーレンがヒンメルの銅像のある村を訪れた際には、ヒンメルが生前に語っていた故郷の花が、現在の出来事と過去の記憶をつなぐものとして用いられています。

過去は、それだけで独立して差し出されるのではありません。現在に残された何かに触れたとき、初めて記憶として立ち上がるのです。

『葬送のフリーレン』の過去は、
現在に残された痕跡を通して語られる。

02現在が、過去の意味を更新する

この作品では、過去が現在を説明するだけではありません。現在の出来事によって、過去の意味そのものが更新されます。

勇者一行と旅をしていた当時のフリーレンは、ヒンメルの行動や言葉を十分には理解していませんでした。

ところが、ヒンメルの死後に同じ場所を訪れ、似た出来事を経験することで、かつての言葉が別の意味を帯び始めます。

出来事そのものが変わったわけではありません。変わったのは、それを読むフリーレンです。

過去の記憶は、倉庫に保存された映像ではありません。現在のフリーレンによって、何度も読み直される文章なのです。

過去を知ることと、過去の意味を知ることは違う

フリーレンは、ヒンメルと旅をした事実を忘れていたわけではありません。しかし、彼の言動が自分にとって何を意味していたのかを、旅の後になってから理解していきます。

03ヒンメルの銅像は、記憶のアンカーである

現在と過去を結びつける仕組みを、最も端的に示しているのが、各地に残された勇者一行の銅像です。

ヒンメルは、自分たちの姿を後世に残す理由について、未来のフリーレンを「一人ぼっちにしない」ためだと語っています。

長命種であるフリーレンにとって、人間の仲間たちと過ごした十年間は、自身の生涯に比べれば一瞬に近い時間です。

しかし、その一瞬は、仲間たちの死後も各地に残された銅像によって、繰り返し呼び戻されます。

銅像は、単なる功績の記念碑ではありません。それを見る未来のフリーレンと、かつての旅を接続するアンカーです。

ヒンメルは、自分の肉体が失われた後にも、フリーレンが自分たちの存在を思い出せるよう、旅の道筋に記憶の標識を残していたのです。

銅像が残すのは、勇者の功績だけではない。
未来のフリーレンが、かつての仲間へ戻るための道しるべである。

04銅像は、読者のための叙述装置でもある

同時に、銅像は読者にとっても、語られていない冒険の存在を示す証拠になります。

ある土地に勇者一行の銅像が建っている。その土地の人々が彼らを記憶している。その記憶を受けて、フリーレンが過去の一場面を思い出す。

読者は、その断片から、直接には描かれなかった英雄譚を少しずつ復元します。

第1回で述べた「存在しない第一部」は、何もない空白のまま放置されているわけではありません。現在の世界に、断片的な証拠として埋め込まれています。

したがって銅像は、作中人物にとっての記憶装置であると同時に、読者に対して欠けた本編を補わせる叙述装置でもあるのです。

05本人に似ていないフランメ像が残すもの

さらに興味深いのは、現在に残された痕跡が、必ずしも正確な姿を保っていないことです。

第121話では、女性であった大魔法使いフランメが、後世には壮年男性の姿をした像として伝えられています。

長い年月の中で、その外見は原形をとどめないほど改変されてしまいました。フリーレンはその像を見つめ、変化そのものを面白がるように笑みを浮かべます。

ここで重要なのは、像が本人に似ていないからといって、無価値になってはいないことです。

むしろ、本人とは似ても似つかない姿に変わったことが、それだけ長い時間が流れ、多くの人間によって物語が語り継がれてきた証拠になります。

痕跡の変形は、記憶の失敗であると同時に、歴史が存続してきた証しでもあるのです。

正確さだけが、記憶の価値ではない

姿が変わり、説明が欠け、事実が混同されても、それが語り継がれてきた時間まで失われるわけではありません。変形した像そのものが、長い歴史の存在を物語っています。

06完全に残らないからこそ、読み直せる

『葬送のフリーレン』において、過去は完全な形で保存されません。

記憶は欠け、忘れられ、ときには誤った姿で伝えられます。それでも、現在に残された銅像、土地の記憶、短い回想は、失われた物語へ戻るための手掛かりになります。

そしてフリーレンは、その痕跡に触れるたび、過去を思い出すだけでなく、かつて理解できなかったヒンメルの言葉や行動を読み直していきます。

過去が不完全にしか残らないからこそ、現在を生きる者が、そこに新しい意味を見いだす余地が生まれるのです。

次回予告

第3回では、『葬送のフリーレン』で確認した物語理解の仕組みを、入試小説の読解へ接続します。受験生が経験したことのない人生をどう補うのか、象徴表現をどう読み、解釈を本文によって検証するのかを具体的に考えます。