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『葬送のフリーレン』はなぜ説明不足でも読めるのか――「原作なき二次創作」と物語理解

全3回シリーズ・第1回

広島国語屋本舗現古館 館長の小林です。

物語を読むとは、書かれている文章を順番に受け取ることではありません。書かれていない部分を補い、散らばった出来事を因果関係で結び、人物が生きる社会や、その胸中にある感情を再構成する営みです。

この記事について

『葬送のフリーレン』を手がかりに、「物語を理解する」とは何をしていることなのかを全3回で考えます。第1回では、読者が自分の持つ物語知識を使い、作中に書かれていない「第一部」を補う仕組みを扱います。

01物語は、書かれていることだけでは読めない

文章が読者に差し出すのは、完成された世界そのものではありません。世界を組み立てるための、限られた断片にすぎません。

読者は、自分の生活経験、社会についての知識、過去に触れた物語の記憶を動員し、断片と断片の間を埋めていきます。

だからこそ、物語を理解することは難しい。語句の意味や文法が分かれば済むほど、物語はお行儀よくできていないのです。

文章に書かれた出来事を正確に追えていても、人物がなぜその行動を取ったのか、なぜその言葉が重いのか、なぜある品物が繰り返し登場するのかを理解できないことがあります。

そこには、本文に明記されていないものの、理解するためには必要な情報があるからです。

物語を読むとは、書かれた断片から、
書かれていない世界を再構成することである。

02冒険の終わりから始まる物語

『葬送のフリーレン』は、山田鐘人を原作、アベツカサを作画とする漫画作品です。

本作の舞台は、勇者ヒンメル、僧侶ハイター、戦士アイゼン、魔法使いフリーレンの一行が、十年に及ぶ旅の末に魔王を倒した「その後」の世界です。

物語は、冒険の始まりではなく、冒険の終わりから始まります。

通常の英雄譚であれば中心に置かれるはずの、仲間との出会い、各地での戦闘、人々の救済、魔王との決戦は、すでに終了しています。

いわば、「勇者ヒンメルの冒険」という第一部が省略され、第二部から物語が始まっているのです。

ところが、その第一部に当たる作品は、読者の前には存在しません。私たちは、読んだことのない本編の後日譚を読まされます。

「原作なき二次創作」

この特殊な物語構造を、私はこう呼びたいと思います。もちろん、制作上の事実ではありません。存在しない本編を前提に、その後日譚が進んでいくように感じられる、本作の構造を表すための比喩です。

03存在しない第一部を、読者が補っている

読んだことのない本編の後日譚であるにもかかわらず、私たちは物語の前提をまったく理解できないわけではありません。

この構造を成立させているのが、読者の側に蓄積された、ファンタジーについての基幹知識です。

勇者は仲間を集めて旅に出る。魔王は世界を脅かす存在である。勇者の一行には、戦士や僧侶や魔法使いがいる。エルフは人間よりも長い時を生き、ドワーフは人間とは異なる身体や時間感覚を持つ。

本作は、こうした事項を設定資料集のように一つずつ説明してはいません。

個々の性質は、登場人物の言動や出来事を通して少しずつ示されます。「葬送のフリーレン」は、読者をまったくの無知から教育する形では展開しません。

私たちは、それまでに小説、漫画、ゲーム、映画などから摂取してきた「剣と魔法の物語」の型を、仮の原作として作中世界を補っています。

つまり、『葬送のフリーレン』の背後にある「勇者ヒンメルの冒険」は、作者だけが用意したものではありません。

読者一人ひとりが、それまでに触れてきた無数の物語の記憶を持ち寄ることによって、存在しない第一部が立ち上がっているのです。

04既有知識は「正解」ではなく「仮説」である

ただし、読者が持ち込む知識は、正解そのものではありません。あくまで、作品世界へ入るための足場です。

読者は、「エルフとはこういうものだ」「魔族とはこういうものだ」という暫定的な理解を持ち込みます。そして、その理解を作中の具体的な描写によって修正していきます。

既存の物語知識を使わなければ、作品世界へ入ることはできません。しかし、既存の知識だけで作品を決めつければ、本作固有の世界を読み損ないます。

先入観を持たずに読もうとしても、私たちは完全な白紙にはなれません。むしろ必要なのは、自分が何を前提として読んでいるのかを自覚することです。

持っている知識を、答えではなく仮説として使う。
そして、本文に合わなければ更新する。

書かれていない空白は、読者が補わなければなりません。しかし、好き勝手に補ってよいわけではありません。

この二つの間にある緊張こそが、物語を読むことの難しさであり、同時に面白さでもあるのです。

05書かれていない原作を読む

『葬送のフリーレン』は、読者がすでに知っている物語の型を利用し、本来なら描かれるはずの「第一部」を大胆に省略しています。

私たちは、自分の中に蓄積されたファンタジーの知識によって空白を補いながら、読んだことのない本編の後日譚を読んでいます。

しかし、その知識は作品を決めつけるための答えではありません。本文によって検証され、修正されるべき仮説です。

物語を読むとは、既有知識によって空白を埋めながら、作品の言葉によって自分の理解を更新し続けることなのです。

次回予告

第2回では、各地に残された銅像、土地の記憶、短い回想といった「痕跡」から、読者とフリーレンがどのように失われた物語を復元しているのかを考えます。